BMW3シリーズカブリオレを手放して後悔したのは嫁の方だった

夫は車好きである。出会った時から、外車に乗っていた。服装もブランド物で固めていることが多く、当時手取り20万前後で、テレビもない部屋で生活していた私からすれば、「この人とは金銭感覚が合わないし、絶対に面倒くさい人に違いない」と、最初から恋愛対象外で、避けることが多かった。

 

しかし、ひょんなことから付き合うことになり、よくよく彼の嗜好を観察してみると、片っ端からブランド物に飛びついているわけではなく、雑誌を隅々まで読み込み、悩んだ末に買いに行き、買ったものは長く大事に使っていることがよく分かった。律儀にドッグイヤーをつけられたLEONを見た時には、「なんか可愛いやん」と胸がキュンとした。ギラギラした流行り物のブランド品はほとんど選ばず、品のいい長く使える物を選ぶことが多かったので、金銭感覚の違いをそこまで感じることはなかった。

 

とりわけ、車に対する愛情はすごかった。当時乗っていたのは、BMW3シリーズのカブリオレで、2ドアのオープンカーだった。中古車サイトで一目見て惚れ込んで、幼少期からの貯金をほとんど頭金に注ぎ込んだと聞いた。「グルル・・・グォォォン・・・」と唸るようなエンジン音がお気に入りで、燃費はめちゃくちゃ悪かったが、よくドライブに連れて行ってくれた。こまめに洗車に行って、車内もいつも綺麗だった。

 

結婚して、東京に転勤になった時も、カブリオレに乗って移動した。東京は物価が高く、当時住んでいた新宿のマンションは、築30年以上のボロボロの1LDKで家賃14万円、しかもさらに駐車場を借りるのに2万円というから、かなりきつかった。それでも彼は「この車は乗っていく」と、絶対に手放さなかった。東京に行くまでの道中、渋滞に巻き込まれ、あまりの燃費の悪さに、停車中にガソリンがなくなるんじゃないかとヒヤヒヤした。電車も地下鉄もバスもあって便利な東京で、よく車に乗って湘南に行ったり、お台場に行ったりした。

その後、静岡に転勤になっても、カブリオレは一緒だった。車で出勤していたので、帰ってきたら、あの「グォォォォン・・・グルルルルル・・・・」という独特なエンジン音が部屋の中まで聞こえてきて、よくベランダから顔を出して手を振った。そういえば、長男を妊娠して、38週を過ぎた頃、いつものように仕事から帰宅した夫の車のエンジン音を聞いて、ソファから体を起こしてベランダに出た瞬間、「バシャッ」と破水した。逆子だったので羊水がバシャバシャと溢れるように出て、祈るような気持ちで震えながら、夫のカブリオレで病院に直行した。その後無事に産まれた長男を、2シートの後部座席の狭い狭い空間に、なんとかベビーシートを取り付け、毎回ヒィヒィ言いながら乗せ下ろししていた。

どれだけ2シートで狭かろうと、車高が低くて乗り降りしにくかろうと、車幅がやたら広くて駐車場で困ろうと、燃費が悪すぎて毎回ハイオクを入れるたびに卒倒しかけようと、彼はいつもその車に乗るとご機嫌で、「今日もかっこええなあ」と満足そうだった。

 

 

あの車は、本当にいい車だったと思う。なぜ過去形なのかというと、今はもう手元にないからだ。

 

 

息子が生まれて半年ほど経ったある日、車検のお知らせが来て、ディーラーに見積もりに出したら、60万かかると言われたのである。コントローラーパネルに異常表示が出ており、それを直すのに、お金がかかると言うのだ。

夫は、すごく悩んでいた。小さい子供を乗せるのに、いつまでも2シートの車には乗れない、と薄々気付いていたからである。かと言って、引っ越し貧乏だった私たちは、車を2台持ちする余裕はなく、車検を通すために60万かけてまで、今後もこの車を維持して良いものか、苦渋の選択だった。

私は、「子供を乗せるには狭いよ。今は小さいから後部座席にも乗せられるけど、もう少し大きくなってきたら、いちいちシート倒して乗せてられへん。60万もかかるなら、違うのに乗り換えよう」と、買い替えを勧めた。夫も最後まで悩んで、悩んで、悩んで、とうとうカブリオレを手放すことにした。

 

 

 

私は、今でもこの時のことを後悔している。あの時、「こんなにいい車、手放したらあかん。乗れるところまで乗ろう。お金はもったいないけど、なんとかなる」って、なんで言ってあげられなかったんだろう。

もちろん、当時は本当にお金がなかったのだ。次の引っ越しも控えていたので、余計なお金を使うわけにはいかなかった。1〜2年ごとに引っ越しをしており、その度に引っ越し代や新しい家を借りるための初期費用は、自分たちで負担してきたので、自分たちが思っている以上に財政事情が厳しかった。

しかし、それでも、夫に「この車は手放したらあかん」と言ってあげられなかった、当時の自分の心の狭さを、後悔せずにはいられない。

 

 

 

カブリオレを手放して1年ほど経って、新しく車を買った。BMW5シリーズのツーリングだ。「子供も荷物も乗るし、ちょっと大きいけど、トマちゃんでも乗りやすいと思う」と、夫が全て見て、決めてくれた。新しい車を夫も気に入って、「これもええ車やな」「見た目もカッコええし」と、ご機嫌で乗っている。以前とは違い、車内は子供の靴についた泥や砂で汚れ、おやつの食べかすは溢れ、生活感で溢れているが。

 

そうやって、今の車もある程度満足して運転している夫であるが、たまに自分が乗っていたのと同じ型のカブリオレを見かけると、「あっ!俺の車や!!ああ、やっぱりカッコええなあ・・・もう一回乗りたいなあ」と、切なそうに呟いている。その横顔を見ると、どうしても私は胸が締め付けられて、あの時の自分の頭をどつきたくなる。

 

 

夫は車が好きなのだ。だからと言って、車に財産を注ぎ込んで、家族を路頭に迷わせるようなことになってはいけないが、夫が心から愛するものを、もっと大切にしてあげればよかったと、今になって心から思う。きっと、あの車を持ち続けていても、夫ならきっと私たちを路頭に迷わせることなどしなかった。だって、こんな言い方をしてはいけないが、たった60万なのである。お金がないことを言い訳にして、本当は、私自身が夫の力を信じていなかったのだ。夫なら、きっとあの車を手放すことなく、私たちにひもじい思いをさせることなく、なんとかできたはずなのだ。それに、私だって、どうにかしてお金をやりくりしようと思えばできたし、もっと耐えることもできたのに、それをしなかったのだ。

 

車を手放したあの瞬間、夫も私も、色々な何かを失ってしまった。愛車に乗る楽しさと乗せてもらう喜び、好きなもののために突き進む情熱、自分の大事なものをパートナーに認めてもらうことの感慨深さ、そういうものの先にある成長の機会・・・等々。なんてもったいないことをしたんだろう、と私の方が後悔の念に苛まれている。

 

 

夫は今パナメーラが欲しい」そうだ。もちろん、今すぐには無理だけれど、きっと彼なら、ある程度の見通しがついてから、真剣に検討し始めるだろう。その時、絶対に反対なんてするもんか。むしろ、「今すぐ買っといでや」と言えるくらいの嫁になっていたい。